一 合併とは
明治の合併は富国強兵のため
昭和の大合併は税金問題で
平成の合併は市町村にまわすお金を減らすため
二 合併問題がおきたらまず考えること
いろいろある合併推進策
「合併するといいことあるよ」はウソ
誰がどんな「いいこと」を説明しているかよく聞く
「いいこと」ならよく説明し納得させるはず
内容も手続きも見極めを
三 合併の種類
対等合併と吸収合併
四 合併するとどうなるか
役場が支所になる
支所になると生活に必要な課や係がどんどん減らされる
合併で選挙せず任期延長 町議が市議に
議員報酬が20数万から60万円に
市営住宅の申し込みができない
農業を扱う係がなくなる
課が係になりどんどん小さくなる
役場がなくなるのは重大
議会がなくなる
行政内容が変わる
合併せず協力する方法もある
市町村税や固定資産税は変わらない
違う税や料金は同じに調整
料金は高いところに合わせる
使用料が無料から有料に
いいものが残せない
いいものを残すと節約にならない
五 合併推進のメリット論
合併推進の文書が準備されている
国が出したひな型が 本音と建前を見抜く必要
仕事を減らす本音が
住民サービス充実や負担軽減はうそ
交付税は合併で増えない いずれ減っていく
交付税は合併すると必ず減る
六 自立した自治体でこそ
自立してこそ地域に責任
約束した相手がいなくなる
合併したら戻れない
むだな公共事業の後始末
「市町村合併をしない矢祭町宣言」
本文合併したら何がどう変わったか
1988年3月1日、仙台市に吸収合併された泉市の、元市会議員津田宣勝さんが、山形県西置賜革新懇話会で主催した「市町村合併勉強会」において講演したお話しを紹介します。
一 合併とは
今まで明治の合併、昭和の大合併というのがありまして、7万近い自治体が1万5、6千に集約され、9千いくつあった市町村が今の3千台に合併されました。
明治の合併は富国強兵のため
明治の大合併は、一つは富国強兵という国の政策にもとづいて、江戸時代から続いている部落単位の村がこんなにいっぱいあったのでは、誰がどこに住んでいるのかわからないので、戸籍をきちんとすることで税金をきちんととれるようになるし、徴兵制でみんなをかり出すのにも都合がいいし、ということからずっと村を集約して町村、大きいところは市をつくりました。
昭和の大合併は税金問題で
昭和の大合併は、税金の地方と国の配分をどうするかというような問題がおきたときに、あんまり小さい町村があっては大変だということで、合併をさせたといういきさつがあります。
いずれにしても、そういう都合上から出発していることと、とにかく市町村の数を減らすということです。
そういう意味では今、国がやろうとしている合併はまさにこの通りです。
平成の合併は市町村にまわすお金を減らすため
今、市町村は3千いくつありますが、千いくらに減らそうかという案もあれば、自由党の小沢さんのように「10分の1の3百でいいんだ」という人もいる。いずれにしても減らしたいのです。
国の財政上の都合からいえば、できるだけ市町村にまわすお金を減らしたい。そのために市町村の数を減らすのです。
二 合併問題がおきたらまず考えること
いろいろある合併推進策
地域、地域によっていろんなことを言い出す方がいるんですが、例えば宮城県では、柴田郡で3町の合併で市をつくりたい。柴田町の町長さんは非常に古い人なんですが、3町の合併で市つくったら、なんとか初代の市長になりたい」と昔から言っている。そういう個人的な思惑も含んで、あらわれかたはいろいろあります。
方法は、今の市町村合併をおおいに推進しようという流れの中から、それぞれの地域にあわせたやり方がいろいろ出てきます。
「合併するといいことあるよ」はウソ
市町村数を減らし、国の行財政の都合で市町村にまわすお金を減らす。ここのところを押さえていただければ、これから合併の問題が具体的に出てきた時に、「合併するとこんないいことがありますよ」というのは、みんなウソだということがだいたいわかります。
まずここのところを基本にしていただきたい。
誰がどんな「いいこと」を説明しているかよく聞く
ですから、まず合併の問題がおきたら、いったい誰がどういう風なことを言い始めたのか、その時に皆さんに対しては、合併するとどういう「いいこと」があると説明しているのか、これをよく聞く必要があります。
「いいこと」ならよく説明し納得させるはず
手続きの問題ですが、合併が本当に皆さんのためになるのであれば、皆さんによく説明し、合併後の新しい町のあり方についてもこういうふうにしたいとお話しをして、納得をしてもらう手続きをするはずです。
内容も手続きも見極めを
ところが、2005年3月までに合併しないと損をするということが非常にいわれています。
急ぐ合併が本当に住民の皆さんのためになる合併になるか、内容もですが手続きも、本当によく住民の意見を聞いて進めようとしているかどうか、この辺が見極めるうえで非常に大切です。
三 合併の種類
対等合併と吸収合併
合併には二つあります。
一つは新設合併(対等合併)ですが、二つ三つの市町村が集まって新しい町をつくる。よく昇格という言葉を使いますが、別に市になったからといってえらいわけではなくて、特別なにもない。
名前が○○町から△△市に変わっただけで、何もいいことはない。
新設合併の例として、宮城県の加美郡というところで4町合併が進められています。
二つは編入合併。これは大きいところに小さなところが飲み込まれる吸収合併です。
旧泉市がその例です。
四 合併するとどうなるか
役場が支所になる
合併すると何が変わるのか。それは、皆さんの家がどこかにいくわけでも、月給が上がるわけでも、米が余計にとれるわけでもありません。
それでは何が変わるのか。
これまであった町の名前がなくなる。
名前がなくなるということは、役場がなくなる。
役場がなくなるということは、建物がなくなる訳ではなく、仕事をする仕組みとしての役場がなくなる。
だいたいは支所になります。
支所になると生活に必要な課や係がどんどん減らされる
支所になるとどういうことがおきるのかというと、今までその役場では、皆さんの日常生活に必要な○○課や△△係がありましたが、まちがいなくだんだん減っていきます。
なぜかというと合併というのは、市町村の数を減らすことですから、せっかく合併しても役場がそのまま残っていたのでは、合併する意味がないのです。
そこにかかる経費を減らすためには役場を減らし、職員をへらす。
もちろん、3つの町が合併すれば町長さんは1人でいい訳ですから、2人分節約できる。
たしかに職員が多すぎるから職員を減らしたほうがいい、と思うかも知れませんが、単に職員が減るだけではなくて、役場でする仕事の中身が減るのです。
合併で選挙せず任期延長 町議が市議に
さて、少し話しがそれますが、仙台市は泉市、宮城町、秋保町と合併しました。
どういうふうに合併したかというと、宮城町と仙台市が1987年10月に合併しました。
泉市と秋保町は1988年3月1日に合併しました。
なんでこんなふうに合併したかというと、宮城町の選挙は泉市とおなじ一斉地方選挙の翌年(当時で言うと1988年)で、宮城町は1月の選挙、泉市は4月の選挙でした。
それで宮城町の町議会選挙(1988年1月の予定だった)をやらないで、宮城町の議員全員が仙台市議会議員になりました。
泉市の場合は1988年4月の選挙を前に3月1日に合併し、泉市と市会議員と秋保町の町会議員は、全部仙台市会議員になりました。
議員報酬が20数万から60万円に
泉市や宮城町、秋保町の議員たちは、いままで給料20数万円の人が、仙台市会議員になると60万円になる。現在は77万円です。これは県会議員と同じ水準です。
そして、議員年金の額も違ってくる。そのために、議員たちに、「早く合併したら、あんたたち選挙しないで3年間、仙台の市会議員になれる」といわれて合併してしまった。
こういうわけで、東京都議会並みの約100人規模の仙台市議会が3年間続きました。こういうやり方で合併したのです。
市営住宅の申し込みができない
さて、本題に戻りますが、泉市も宮城町も秋保町にも役場がありました。これが最初は総合支所となり、これだけでも形は残りますが、課や係が減る。
旧泉市でいうと総合支所になった瞬間に、市営住宅の申し込みができなくなる。それを扱う係がなくなりました。
農業を扱う係がなくなる
下水道を扱う係がなくなる。だんだん減ってきてその次には、農業を扱う係がなくなりました。
課が係になりどんどん小さくなる
商売の商工関係を扱う課が係になり、どんどん小さくなっていく。かつて470人いた職員が、今は約100人です。
旧泉市の庁舎の脇に水道事業所で建てた東庁舎がありまして、ここに水道の係があったのですが、今年から水道の係がなくなってしまいました。今まで冬になって凍結した時など、住民の皆さんここに電話して業者を教えてほしいなどの、要望や相談事に対応していましたが、こういうものは今の泉区には一切ありません。
役場がなくなるのは重大
つまり、役場ではなく支所になるということは、建物はそのまま残りますが、皆さんのためにやる仕事をする部門がどんどん小さくなる。ですから、役場がなくなるということは大変重要なことです。
議会がなくなる
次ですが、議会がなくなる。
やっぱり役場があり、町長がいて助役がいてそして議会があるというのは、自治体として成り立つ最大の要素です。
町のことは全部ここで決める。これがなくなるわけですから、新しい町に役場が置かれても自分たちのことを自分たちで決められない。
一般的に言えば、小さい町より大きい町がいいかもしれないが、今まで自分たちのことを自分たちで決めたのが、決められなくなる。こういう問題点があります。
行政内容が変わる
次に行政内容が変わります。行政の内容が変わるということが、非常に大事なところです。
小さい町が集まって大きい町にすると三つの町の分の財政を全部足すから、それで大きな仕事ができますよと、だいたい行政側は宣伝をします。
一つの町ではできなかった大きな体育館とか図書館とか、こういうところでいいことがあるいう説明が非常に多いのですが、実際には毎日の生活で体育館一つできても生活はそんなに変わりません。
合併せず協力する方法もある
町同士で相談をして、おら方で図書館を作る、あんた方で体育館作れとお互いに協力してやればいい。別に合併しなくてもいいのです。
市町村税や固定資産税は変わらない
税金はどうなるでしょう。
だいたい地方税、市町村税はどこも同じです。
固定資産税そのものもたぶん同じだと思いますので、合併して新しい町になったからといってその部分の税金が増えることはまずないと思います。
ただ、大都市になると一定以上の面積や労働者の事業所は、事業所税がとられるようになります。
違う税や料金は同じに調整
それから、国民健康保険税ですが、これは、町、町によってちがいます。水道や下水道料金などいろいろありますが、これも違います。
合併するとどういうふうになるのか。違ったのをそのままにしておいて一つの町というわけにはいきません。
料金は高いところに合わせる
それで調整をするわけですが、料金に限って低い方に合わせることはありません。一番高いところに合わせます。
合併して統一したら、泉市で国民健康保険に入っている人の70%は値上がりしました。
その当時は「なんであんなに高くなるのか」と問い合わせが役所に殺到しました。
使用料が無料から有料に
それから施設の利用方法です。泉市は進んでいまして、公民館に体育館をくっつけて建設し、市民は使用料が無料でした。
合併後、制度が統一されると全部有料です。無料に合わせてくれないのです。
いいものが残せない
保育所はどうなったかというと、泉市では所長は課長職、一定の権限を持っていました。仙台では係長職で、保護者からの「夏まつり」などの要望を判断できず、いちいち本庁にお伺いをたて、本庁では「全部一緒でないといけないので、他でやらないことはダメです」となるわけです。
つまり、機構が統一されると、旧泉市は吸収された側ですので、吸収した側のしくみに合わされていくのです。
こういうことがどんどんおきてきます。
とにかくいいものはいいままでと同じように残してはくれません。
いいものを残すと節約にならない
合併はお金をできるだけ節約することなのです。いいものを残したら節約にならない。
だから、良くなることはなかなかないと思ったほうがいいです。
五 合併推進のメリット論
合併推進の文書が準備されてる
次に、合併を推進する側のメリット論ですが、「合併するとこういういいことがありますよ」と、住民の皆さんに説明をしなさいという文書があり、その中に、こんなことが心配だといわれたら、こう答えなさいと書いてあります。
国が出したひな型が 本音と建前を見抜く必要
ひな型は国の側が出しているもので、都道府県によって言い回しは多少違いますが、項目的にはほとんど同じです。
そして、本音と建前を見抜くことがだいじです。
仕事を減らす本音が
たとえば効率的な行政運営ですが、効率的というのは、役場の数を減らす、町長の数を減らす、議員の数を減らす、仕事の数を減らすという意味で、本音が出ています。
住民サービス充実や負担軽減はうそ
それから、住民サービスの充実と住民負担の軽減というのはうそです。お金がどんどんかかるわけですから、こんなことはありえないのです。
たとえば、旧宮城町では70歳以上のおとしよりに一定枚数のオムツを無料で支給していましたが、合併してから5年くらいして、新しく70歳になった人にはやらなくなり、結局なくなりました。
旧秋保町は小さな町でしたが、町民の健康診断を無料にしていて、8、9割の人が受診していましたが、これも3年くらいして、仙台に合わせられて約3千円の有料になりました。
交付税は合併で増えない いずれ減っていく
次は財政問題です。合併特例法で、皆さんが一番ごまかされやすいのが、2005年まで合併しないと損をするというごまかしです。
期限まで合併すると、国から町に来る地方交付税というお金は、増えるのではなくて、当面、減らさないということなのです。
交付税は合併すると必ず減る
どういう意味かというと、合併すると、交付税は元の町や市の時の合計よりも必ず減ります。これを10年間減らさないということなのです。
いずれ必ず減りますから、損する時期を少し先に延ばしてやるだけで結局損をするのです。
特例債という事業も補助の率は有利ですが、3割の地元負担や、作った施設の維持費が財政を圧迫する原因になります。
六 自立した自治体でこそ
自立してこそ地域に責任
最後に、自立した自治体であってこそ、その地域に責任をもった判断ができることです。
自分自身でものが決められるというのは、非常にだいじなことだと思います。
合併後、予算はどこから来るかというと、本庁の担当課からきます。
「どこどこを直してほしい。おら方さこういうのがほしい。」と持ち込んでも、支所には何の権限もありません。
どんなに悪い首長でも、みんなががんばって議会を動かすことは可能ですが、合併して役場が支所になってしまっては、なんともなりません。
約束した相手がいなくなる
合併するときに協定書というものをつくります。「住民サービスを交代させないようにしましょう」などと書くわけですが、元の町がなくなるわけですから、「あのときの約束とずいぶんちがう」と文句をいおうと思っても、約束した町はなくなっています。
約束を守らなくても、公式にきちんとした文句をいうところがなくなるのです。合併というのはそういうものです。
合併したら戻れない
それから合併したら元にもどることはありえません。
よく結婚にたとえる人がいますが、ぜんぜん質がちがいます。
合併とは、何のためにするのか、それは、今の政府が市町村の数を減らしたいということです。
むだな公共事業の後始末
むだな公共事業などで大変になった国の財政が背景にあって、これを改められない。
そこで、市町村に出すお金を減らしたいということです。
分権とか、自立とかいろいろいっていますが、とにかく数を減らしさえすれば、国が出すお金が減るというところに、一番のねらいがあるということをきちんと押さえていただくことが、非常に大事だと思います。
おわり
福島県矢祭町の「合併しない宣言」をご紹介します。
「市町村合併をしない矢祭町宣言」
国は「市町村合併特例法」を盾に、平成17年3月31日までに現在ある全国3239市町村を1000から800に、更には300にする「平成の大合併」を進めようとしております。
国の目的は、小規模自治体をなくし、国家財政で大きな比重を占める交付金・補助金を削減し、国の財政再建に役立てようとする意図が明確であります。
市町村は戦後半世紀を経て、地域に根ざした基礎的な地方自治体として成熟し、自らの進路の決定は自己責任のもと意思決定をする能力を十分に持っております。
地方自治の本旨に基づき、矢祭町議会は国が押しつける市町村合併には賛意できず、先人から享けた郷土「矢祭町」を二十一世紀に生きる子孫にそっくり引き継ぐことが今、この時、ここに生きる私達の使命であり、将来に禍根を残す選択はすべきでないと判断いたします。
よって、矢祭町はいかなる市町村とも合併しないことを宣言します。
記
1 矢祭町は今日まで「合併」を前提とした町づくりはしてきておらず、独立独歩「自立できる町づくり」を推進する。
2 矢祭町は規模の拡大は望まず、大領土主義は決して町民の幸福にはつながらず、現状をもって維持し、木目細かな行政を推進する。
3 矢祭町は地理的にも辺境にあり、合併のもたらすマイナス点である地域間格差をもろに受け、過疎化が更に進むことは間違いなく、そのような事態は避けねばならない。
4 矢祭町における「昭和の大合併」騒動は、血の雨が降り、お互いが離反し、40年過ぎた今日でも、その痼は解決しておらず、二度とその轍を踏んではならない。
5 矢祭町は地域ではぐくんできた独自の歴史・文化・伝統を守り、二十一世紀に残れる町づくりを推進する。
6 矢祭町は、常に爪に火をともす思いで行財政の効率化に努力してきたが、更に自主財源の確保は勿論のこと、地方交付税についても、憲法で保障された地方自治の発展のための財源保障制度であり、その堅持に努める。
以上宣言する。
平成13年10月31日 福島県東白川郡矢祭町議会
| 年 | 市 | 町 | 村 | 計 |
| 1883(明16) | 19 | 12,194 | 59,284 | 71,497 |
| 1889(明22) | 39 | (15,820) | 15,859 | |
| 1896(明31) | 48 | 1,173 | 13,068 | 14,289 |
| 1947(昭22) | 210 | 1,784 | 8,511 | 10,505 |
| 1953(昭28) | 286 | 1,966 | 7,616 | 9,868 |
| 1956(昭31) | 498 | 1,903 | 1,574 | 3,975 |
| 1960(昭35) | 555 | 1,922 | 1,049 | 3,526 |
| 1965(昭40) | 560 | 2,005 | 827 | 3,392 |
| 1990(平2) | 655 | 2,003 | 587 | 3,245 |
| 1995(平7) | 663 | 1,994 | 577 | 3,234 |
| 2000(平12) | 671 | 1,990 | 567 | 3,228 |
| 日本の市町村数の変遷 |
| 「市町村合併と地方自治の未来」 |
| (自治体研究社発行)より |